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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)8055号 判決

原告 重田常清

被告 財団法人日本大学

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事実及び理由

第一、申立

原告の申立――「被告は原告に対し東京都千代田区神田駿河台一丁目八番地ノ十五宅地六百九十二坪五勺の内別紙図面<省略>に表示した南西端間口十間奥行十一間一尺の一劃百十一坪六合六勺をその上に存する柵を収去して明渡をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

被告の申立――主文第一項と同趣旨の判決を求める。

第二、当事者間に争のない事実

原告は昭和六年四月三日訴外池田秀一からその所有に係る請求の趣旨に掲げた土地百十一坪六合六勺(以下本件土地と略称する)を賃料一箇月金四十四円八十七銭期間二十年の約束で賃借し、同地上に住居兼医院を建築所有していた。池田は昭和二十年一月本件土地を訴外大山規矩に売渡し、大山は賃貸人たる地位を承継した。そして、同年四月五日東京都第六次建物強制疎開によつて同地上の原告所有の建物は除却されるに至つた。本件土地を含む宅地六百九十二坪五勺は昭和二十一年七月一日進駐軍の接収により大山から東京都に賃貸され、被告は昭和二十二年七月二十五日大山から本件土地を買い受けその地位を承継した。昭和二十三年四月一日進駐軍関係の所管が東京都から特別調達庁に移つたので、同日以降同庁が賃貸人の地位を引きついだ。原告は同年九月十三日被告に対して書面で進駐軍使用廃止後は本件土地を借用したい旨申し出、その書面は翌十四日被告に到達したが、その後三週間内に被告は何等回答をしなかつた。昭和二十四年八月一日進駐軍の接収は解除され、以後被告は本件土地に柵を巡らして運動場として使用している。

第三、争点

第一点 原告の主張――第六次建物強制疎開に際しては、原告は本件土地の借地権について何等補償を受けておらず、借地権消滅について何等合意がないから、借地権は依然として存続している。よつて、この借地権に基いて被告に対して本件土地上の柵を収去してその明渡を求める。

第六次建物強制疎開について東京都防衛局長が発した通牒は神田区長に対する訓令であつて、直接原告に対して効力を有しない。従つて、強制疎開によつて原告の借地権を消滅させるには、原告の承諾がなければならないが、原告はこれを承諾したことはない。

防衛局長の通牒が建物と借地権とを同一視して建物補償額中に借地権の補償を包含する趣旨であるならば、右通牒は防空法第十三条同法施行令第九条に違反して無効である。少くとも借地権の補償については、借地権そのものに対する評価額を基本とすべきものであつて、建物の補償額に包含させるべきものではない。

被告の主張――第六次建物強制疎開に際して、東京都は本件土地上に存する原告所有の建物及び借地権についてその損失を補償してこれを買収したから、原告の借地権はこれによつて消滅した。

第六次強制疎開においては、建物と借地権の補償を分離せず、建物の賃貸価格を基準としてそれに建物経過年数に応じて定められた一定の倍率でその補償額を算出し、これに借地権の補償を包含させる取扱をしたものであり、原告は当時東京都から本件地上の所有建物及び借地権の補償金として金十万二百六十五円を受領したものである。かような取扱は、何等防空法第十三条同法施行令第九条に違反するものではない。また、防空法第五条ノ四から同条ノ七までの規定によれば、第六次強制疎開当時東京都長官は、防空上必要があるときは、建物の除却のみならず、防空上必要な措置として借地権を借地権者の承諾なしに買収する権限を有していたものである。

第二点 原告の主張――仮に強制疎開によつて原告の借地権が消滅したとしても、原告は被告に対して賃借の申出をし、被告が法定期間内に拒絶の意思を表示しなかつたから、本件土地につき借地権が発生したものである。

被告の主張する罹災都市借地借家臨時処理法の規定は、公共団体が賃借している場合にのみ適用があり、本件の如く進駐軍のため国が賃借している場合には適用がない。

被告の主張――原告の申出当時本件土地は公共団体である国の機関特別調達庁が賃借していたから、罹災都市借地借家臨時処理法第九条但書の規定により原告の申出は無効である。

第四、証拠<省略>

第五、判断

第一点 成立に争のない乙第三号証第四号証及び第七号証と証人亀沢紀一郎、鈴木利英の各証言によれば、太平洋戦争当時強制疎開は、主として防空上の要請から防空法の規定に基き、建物の存する一定の土地について、その土地建物の権利者に対しその損失を補償した上権利を放棄させ、公共団体をして建物除却地を防空の目的のために使用させることを目的とした行政処分であつて、東京都においては第五次の強制疎開までは建物と借地権とを区別して、それぞれその損失を補償していたが、情勢の緊迫化に伴い、第六次強制疎開においては、防衛局長の通牒に従い、建物の買収価格は家屋税法の規定により定められた賃貸価格を基準とし、建物経過年数に応じて定めた一定の倍率をこれに乗じて算出し、それによつて補償額を決定し、借地権に関しては以上の価格に包含されたものとして別に補償をしない取扱をしたのであつて、原告は以上の疎開において地上建物除却の補償として東京都から金十万二百六十五円を受領したことが認められる。従つて、以上の強制疎開によつて原告の建物の所有権ばかりでなく、その借地権も放棄したことになり、本件借地権はこれによつて消滅したものといわざるを得ない。

原告は、借地権の消滅には原告の承諾が必要であると主張するけれども、防空法第五条ノ四の規定によれば、強制疎開における借地権の消滅については、借地権者の承諾を必要としないことがうかがわれるから、原告の主張は採用するわけにはいかない。

また、原告は防衛局長の通牒は、防空法第十三条同法施行令第九条に違反して無効であると主張するけれども、この通牒は前に認定した通り建物と借地権とを同一視したのではなくて、ただ借地権の価格を建物の価格と併せて補償する取扱を命じたものに過ぎず、防空法第十三条同法施行令第九条に何等違反するところはない。補償の額に不服があれば、防空法第十三条の規定により裁判所に出訴する途が開かれていたのである。

第二点 被告は、原告の賃借の申出当時、本件土地は進駐軍の接収中で特別調達庁が賃借していたから、罹災都市借地借家臨時処理法第九条但書により原告の申出は無効であると主張するけれども、特別調達庁は国の機関であつて、同条但書に規定する公共団体に該当しないばかりでなく、同条但書の規定は、その立法の趣旨から見て疎開実施者である公共団体が終戦後疎開命令を解除するに際して公共上の必要から引続きその土地を使用するため賃借権を留保した場合を考慮しての例外規定であると解するのが相当であつて、証人鈴木利英の証言によれば、本件土地については、強制疎開後東京都は所有者と賃貸借契約を結ぶに至らず、その上昭和二十一年四月一日疎開命令を解除して本件土地を所有者に返還したことが認められるから、前記の規定に該当しないことは明らかであつて、被告の主張は採用に値しない。

しかしながら、飜つて考えて見ると、原告の賃借の申出は、進駐軍の使用が廃止され接収が解除されることを条件としたものである。罹災都市借地借家臨時処理法が疎開建物の敷地の元借地権者等に賃借の申出権を認めた趣旨は、これらの者に速かに住居の安定を得させ、同時に戦災地の急速な復興を図ることを目的としたものであつて、従つてこれらの者に速かに建物を建築する意思と可能性がある場合にのみ借地権の取得を認める趣旨であると解される(同法第二条第一項但書、第七条参照)。同法第二条第一項但書後段の規定は、まさにその趣旨に出たものであつて、接収中の土地について建築の許可が得られないことは明らかである以上、原告の賃借の申出当時においてはその地上に建物を建築する可能性が全然ないのであるから、右の規定の趣旨をおし進めて考えれば、接収解除を条件とする賃借の申出は、無効であると解するのが相当である。従つて、かような申出によつては、本件土地について借地権が設定されたことにはならない。

第六、結論

以上の理由によつて、原告の請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 古関敏正)

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